「ほっ」と。キャンペーン

【避難用住宅の延長】どうかみなさん、力をかしてください。

みなさま

原発賠償京都訴訟共同代表の福島です。

この度、みなさまのご厚意により集まった住宅署名を持ち、関東の避難者とともに、直接福島県へ申し入れすることになりました。

避難生活の土台でもあるこの住宅問題は、原発事故が終わったものとされ帰還政策が進めば、私たちの裁判も、生活もたちゆかなくなることはあきらかであり、絶対に避けなくてはなりません。

ここで踏みとどまることは、原発事故の解決における私たち被災者の確固たる意思表示です。

私も行ってきます。
訴えてきます。粘ります。
確実な答えを持ち帰ります!

どうか皆さん、力を貸してください。
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by fukushimakyoto | 2015-05-11 23:49 | 避難者の声 | Trackback | Comments(0)

【避難用住宅の長期延長を】私たちは、安心してくらしたいのです!

京都避難中の
高木久美子と申します。

15日は福島県庁へ住宅長期無償提供の要請行動に行く事に、すぐに手をあげました。

震災から丸4年、5年目に入りました。
県外避難者の不安はやはり、住宅についてであります。

毎年、京都避難者の私たちは、うつくしま福島in京都のお力をお借りし、行政機関へ要請書を提出したり、要請行動をし住宅延長を訴ったえてきました。

昨年は危機的な状況の中、住宅無償提供が入居から5年と発表があり嬉しい瞬間でした。
しかし、このままでは来年3月以降で終了する世帯がでてきます。
更なる要請行動を起こさなくてはなりません。
毎年この状況が繰り返され、疲れが増すばかりです。

原発事故は私達の元の暮らしを奪いました。
国や福島県には避難した私達の声を届ける必要があります。

私たち避難者が福島県庁に行き、長期無償提供の「長期」強く訴えたいと思います。

落ち着いて暮らしたい。
安心して暮らしたいのです。

また、県外避難者の私たちの要望が、次に避難したい人達への希望にもつながります。
共に人権が守られる必要があります。
「普通の生活」の権利を実現するために住宅の長期無償提供の要請行動は必要です。

どうか皆様のお力をお借りしたく思います。

また、署名してくださった皆様、ありがとうございました。
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by fukushimakyoto | 2015-05-11 22:49 | 避難者の声 | Trackback | Comments(0)

避難用住宅に関する要請書(案)

                   2015年●月●●日 
 内閣総理大臣 安部 晋三 様
 復興大臣    竹下 亘  様
 国土交通大臣 太田 昭宏 様
 福島県知事   内堀 雅雄 様
 京都府知事  山田 啓二 様
 京都市長    門川 大作 様
 ●●市長     ●●●●   様

                   うつくしま☆ふくしまin京都
                   事務局長 奥森 祥陽

                   原発事故から4年 私たちを追い出さないで!
                   今すぐ避難住宅の長期延長を! 
                   避難・移住者がつくる第3回京都公聴会参加者一同  


              避難用住宅に関する要請書(案)

 私たち「うつくしま☆ふくしまin京都」は、東日本大震災と福島第一原発事故によ被災者、避難者の支援を目的に結成され、2011年5月から継続的な活動を行っています。

 さて、福島第一原発事故から4年がたちますが、いまだ収束の目途すら立っていません。原発から放出された放射性物質は、福島県はもとより東日本一帯に深刻な汚染をもたらし、多くの国民が被ばくの危険にさらされています。
 
 こうしたなか、国と福島県は、年間20ミリシーベルト以下の地域への住民帰還を進め、避難者への住宅提供期間を2016年3月末まで(京都府・市は入居後5年)としています。さらに、国土交通省は避難者むけ公営住宅の優先入居制度をスタートさせましたが、こまで無償提供してきた住宅を有料化するものであり、家賃負担ができない避難者は福島県に帰るか、路頭に迷わざるを得なくなってしまいます。

 放射性セシウム137の半減期は30年と長く、命と健康をまもるためには、なお長期の避難が必要です。鳥取県は避難者の声に答え、避難用住宅を2019年3月(最長8年)まで延長(2月2日毎日新聞)することを決めています。

 私たちは、国や福島県、京都府・市が、避難者の生活の基本である避難用住宅を、ただちに長期間延長することを求め、「避難・移住者がつくる第3回京都公聴会」を開催しました。公聴会では、それぞれの避難・移住者から切実な要求がだされました。

 私たちは、公聴会での避難移住者の要求を踏まえ、さらに多くの避難・移住者の声を聞き、避難生活の基本となる避難用住宅に関する現時点における要求を、下記のとおりとまとめました。

 原発事故被災者、避難・移住者の人権が完全に守られ、「普通に生活する」権利が実現することを切に願い、下記の要請事項についてただちに実施することを強く求めます。●●●日までに文書にてご回答下さい。
                                      
                             記

1 原発事故により放出された放射能による健康被害を回避するため、新たに避難する人に対し、避難元を問わず避難難用住宅の無償提供を再開すること。

2 避難者に対する無償住宅提供期間を、ただちに長期間延長すること。1年ごとに延長する現行制度を改め、現時点で長期間の延長を約束すること。

3 仮設住宅からみなし仮設住宅、みなし仮設住宅からみなし仮設住宅への移転など、避難家族の生 状況に応じて、他の応急仮設住宅への転居を認めること。

4 仮設住宅の現物提供にとどまらず、避難者の生活実態に応じて住宅確保に必要な資金(礼金・敷金の給付、長期間の家賃補助など)の支援給付を行うこと。

5 公営住宅への避難者優入居制度を創設(拡充)するとともに、家賃については長期間、全額免除を実施すること。

6 障がい者や要介護者がいる避難世帯については、バリアフリー住宅を長期間無償で提供すこと。

復興予算で、原発避難者が長期無償で入居できる公営住宅を、避難先自治体に建設すること。

8 原発事故被災者、避難・移住者に対する総合的な住宅支援施策を国の責任で行うこと。(地方宛の要請書には、「国の責任で行うよう提言すること」を入れる)

  以上



(連絡先)
 京都市伏見区両替町9丁目254
 北川コンサイスビル203号
 電話090-8232-1664(奥森)
 Fax 0774-21-1798
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by fukushimakyoto | 2015-04-10 15:07 | 避難者の声 | Trackback | Comments(0)

【ご案内】原発事故避難者のお話を聞く会(2月23日・土・13時・プレマヴィレッジ京都セミナールーム)

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We need the love and support of you.
原発事故避難者のお話を聞く会


 私たちは2011年3月の原発事故後、福島、茨城などから京都市へ自主避難しました。
 それまで住んでいた土地は、放射能に汚染され、家、仕事を捨て、家族がバラバラとなりました。
 避難先は幼稚園・小学校も近く、担任はもとより、同級生、学校、地域から暖かく迎えいれていただき、おかげさまで、子供たちは毎日楽しく通っております。
 そんな中での心配事は、避難先の入居期限と、健康の確保です。
 現在の避難先は、入居期限が3年であり、事故後、すぐに避難した家族は、あと1年の期限となりました。避難先の期限があることにより、再び環境を変えなければならない不安、再び転校をも余儀なくされる不安、再びゼロからスタートすることへの不安は計り知れません・・・。

 また、原発事故による健康への不安は非常に大きく、特に感受性の強い子供たちへの影響を考えると、定期的な健康診断、甲状腺検査、内部被曝検査、医療費減免措置など、早急に具体策を実施していただき
たいにもかかわらず、福島県外避難者には、いまだ何も実施されてない状況が続いています。

 こうした私たちの厳しい現状と問題を「原発事故子ども・被災者支援法」が救ってくれることを願ってやみません。
 ぜひ私たちの切なる声を聞いてください!!

「原発事故避難者のお話を聞く会」
◇とき 2013年2月23日(土)13時より
◇ところ プレマヴィレッジ京都 セミナールーム
京都市下京区室町通高辻上る山王町569

◎阪急烏丸駅 26番出口より徒歩6分
◎地下鉄四条駅 6番出口より徒歩5分
(京都私学会館向かい)
◇参加費300円
◇予約不要(直接会場へお越しください)


子ども・被災者生活支援法を考える会/京都

共同代表 加藤・島田(福島からの避難者)川崎(茨城からの避難者)
Email:kodomohisaisya@yahoo.co.jp
Mobile:080-1834-2515
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by fukushimakyoto | 2013-02-23 13:00 | 避難者の声 | Trackback | Comments(0)

【ご案内】2・25自主避難者茶話会in城陽

加藤です。

私は昨年9月、福島からの自主避難者を中心とするメンバー6名で「脱原発Tシャツプロジェクト」を立ち上げち上げました。
12月、ようやくTシャツとスタッフジャンパーが完成し、ぼちぼち活動を始めました!!

私達のプロジェクトは、「We want to protect all life on the Earth..No More NUCLEAR! from kyoto japan」(私達は地球上全ての命を守りたい。原発いらない!京都から。)というメッセージをTシャツに託し、これを着用することにより、同じ思いの人が繋がり、輪を広げ、そして、今まで放射能に無関心だった人たちへの「気付き」のきっかけにしたいというプロジェクトです。
脱原発デモ参加時はもちろんのこと、普段の外出着としても着用できるようなデザインということで、テーマカラーは脱原発の春をイメージするやさしいピンクに、また、イラストは日本の美しい四季をいわき市からの避難者がデザインしました。(他のカラーもあります。)
そして、そのメンバー二人と、このたびお話会を開催することになりました!
当日は、Tシャツの販売予約会もいたしますので、お近くの方はぜひお立ち寄り下さい。

日時/2月25日(土)14時より

会場/城陽市、コープ城陽
※最寄り駅/JR城陽

お問合せ/Anti-Atom-T-shirt-Projekt
加藤まで
mail/katrin_jp@docomo.ne.jp
URL/http://ameblo.jp/katrinjp/





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by fukushimakyoto | 2012-02-23 23:38 | 避難者の声 | Trackback | Comments(0)

福島市渡利からの岩手に避難したHさんの手記

避難元:福島市渡利
避難先:岩手県北上市
H・N

父、母(専業主婦)、子(4歳)の三人家族です。

渡利地区は市内でも線量高く、テレビなどでもよく取り上げられているところです。
NHKの原発事故関連のテレビで線量が高いと出ていた映像に、私たち家族が住む建物も映っていました。

高いとは聞いていたが、やっぱりか…と不安になりました。
滅多に鼻血を出さない息子が、数回出血することもありました。
除染活動もして頂きましたが、思うように線量も下がりませんでした。
窓は閉め切り、風を感じながらの暮らしが出来なくなりました。
お日さまの匂いの布団で寝れなくなりました。

外で思い切り深呼吸が出来なくなりました。
健全な生活とは、とても言えない暮らしを強いられました。
やはり、人が(特に子ども)が住める町ではないと考え、避難を考えました。

しかし、避難は母子のみ、父は福島市にひとり残り仕事を続けています。
仕事がなかなか離れられないこと、今の状況で転勤は難しく、引っ越すとなれば仕事を辞めなければならないこと。
引っ越した先で今と同じ水準の仕事につけるか不安があることが理由です。
政府が避難区域に指定して支援してくれれば、仕事もきっぱりやめ、三人で避難が出来るのに…と思っています。

しかし、今のままの状況で二重生活を続けるには、やはり仕事を辞めるわけにはいきません。
今回のことで、子どもの幼稚園のお友達は皆避難し、別れ別れになりました。

避難先では幼稚園に通えていません。
子どもはお友達と遊びたいと言っています。
子ども達が生き生き過ごす場所、機会を原発事故により奪われました。
家族三人の当たり前の普通の暮らしを、原発事故により奪われました。
私が望むのは、東電の役員の方や政治家の方々のような贅沢な暮らしではありません。
ただ三人一緒に、不安のない人並みな暮らしをしたいだけです。

避難先では、期限付で住宅を無料提供していただきましたが、津波被害の方とはちがい、家電品は自費で用意しなければなりませんでした。
自主避難というだけで、なんとなく肩身の狭い気持ちがします。
福島の子どもの甲状腺に異常が見られたというニュースには、ぞっとしました。
そのような不安を抱えながら、時に色んなことに気を遣い(食べ物や飲み物、マスク着用など)、時に神経質なんだろうかと迷い、いっそのこと色んな迷いを捨て何も気にせず暮らそうかと思ったりします。

しかし、子どもの将来を考えると、諦めてはいけないと思いとどまります。
また、避難先のとなりの市にはホットスポットがあり、不安を抱えている保護者の方とも出会いました。

多くの方が自費で線量計を用意し、心配しています。
しかし、その地域には関心のない人が多く孤立感を持って暮らしていました。
うちと同じく、子ども達の活動の場が奪われた人達もいました。
このような保護者たちの気持ちを、少しでも分かって欲しいです。

放射能の影響は7代先まであるかもしれないと話す人もいます。
私はこの先、子どもを授かっていいのかも迷っています。
ほんとは息子にも兄弟を持たせてやりたい―
でも、どこかでそれを躊躇し
ている自分がいます。

今回のこの事故の被害に対して、誰かを責めるだけでは解決しないと思い始めてます。

今の状況受け入れ、自分たちも動き解決していく…
そのような覚悟をしています。
東電や政治家の方にも同じく覚悟を決めていただきたい。
私欲を捨てて、国民を守る、と。
丸いお月様を見て、四歳の息子が「どうか福島がもとに戻りますように」と願っていました。

そして「このお願いは絶対叶うんだよ」と無邪気に言っていました。
小さな子にこんなことを言わせてしまった…
このような状況にした私たち大人の責任は重い。
東電や国の方々などにぜひ、責任ある態度をとって欲しいと思います。
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by fukushimakyoto | 2011-10-16 01:43 | 避難者の声 | Trackback | Comments(0)

東日本大震災 京都へ自主避難 葛藤の末「子供のため」 /京都 毎日新聞

東日本大震災 京都へ自主避難 葛藤の末「子供のため」 /京都
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110915-00000206-mailo-l26
毎日新聞 9月15日(木)13時55分配信

 ◇「震災から時間たち決断できた」 福島の菅野さん、夫と離れ伏見へ
 京都に自主避難する東日本大震災の被災者が増加している。それに伴い、京都市立の小中学校への転入者も増加。その中の1世帯で、伏見区の国家公務員宿舎に8月末に引っ越してきた母子は「私たちは震災から時間がたった今だからこそ自主避難できた」と話す。【成田有佳】
 福島市の主婦、菅野千景さん(46)は、長女、みくにさん(13)=中1=と次女、はんなちゃん(7)=小2=と共に8月30日、府のシャトルバス最終便で京都に自主避難してきた。きっかけは、京都精華大(左京区)の学生らが大学の施設などを使って被災者のために開催した合宿。娘2人を放射能の不安のない場所でのびのび遊ばせたいと、7月末から17日間参加した。
 実はこの間は、放射能への不安よりも、夫(46)と離れることへの不安や、自主避難が大げさなのでは、との思いの方が強く、避難は現実のものではなかった。しかし福島に帰ると、京都で元気に走り回っていた子供の姿が忘れられず、自主避難するなら夏休み明けが好機、と決断した。
 子供への放射能の影響を考えると、避難は遅かったかもしれないとも思う。一方、福島を離れる直前、娘たちは友達から手紙やプレゼントをもらい、自身は当時のパート先の同僚に「頑張って」と励まされた。菅野さんは「自分たちだけが避難することを責められるのでは、という気持ちが正直ずっとあった」と明かし「震災直後の状況を思い返すと、このような励ましが得られたとは思えない。いろいろなリスクを考えると、私たち家族にとって、いい時期だったと思う」と語った。
 今は、携帯のテレビ電話で、夫と会話する日々。子供のために、と離れていても夫婦で協力し合う毎日だ。
 ◇児童・生徒123人転入--京都市立小中校
 府や京都市は震災直後から、公営住宅や市民から借り上げた住宅の提供を始めた。府営住宅は国が示す仮設住宅の入居条件に準じ、自宅の全半壊者らを受け入れることになっていた。一方、自宅そのものの被害は大きくないが放射能の影響を懸念した自主避難者には、府は職員住宅や国家公務員宿舎をあっせんしてきた。
 自主避難者の引っ越し希望が多いため、府は7月、国から借り上げて提供している国家公務員宿舎(京都市伏見区)の閉鎖中の2棟を清掃・補修し、まるごと被災者専用とした。府災害支援対策本部の避難者受入班の担当者は「知らない場所での生活でも、元々の住まいが近い方に集まってもらえば安心感にもつながる」と話す。
 市教委によると、市立小・中の被災地児童・生徒の受け入れ人数は、夏休み前の86人(7月20日時点)から、夏休み明けには123人(9月6日現在)と増加している。
 また、府によると今月13日現在、府や府内自治体の提供する住宅に住む震災避難者は753人で、そのうち自主避難者は303人にのぼるという。

9月15日朝刊
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by fukushimakyoto | 2011-09-19 13:18 | 避難者の声 | Trackback | Comments(0)

区域外避難者の声

東日本大震災:声・あの日から半年
伏見区に避難している主婦・加藤裕子さん
 

毎日新聞 2011年9月11日 地方版
http://mainichi.jp/area/kyoto/news/20110911ddlk26040371000c.html

 ◇子供の生活も奪われ--福島市から伏見区に避難している主婦・加藤裕子さん(49)

 小学5年の長女と2人で、4月に大阪に自主避難し、5月から京都に移りました。放射能への知識が元々あったわけではありませんが、福島原発事故後にインターネットで自分が納得できる情報を探し、子供を移動させるという結論に行き着きました。放射能という見えないもので子供を不安にさせたくなかったからです。

 8月、市民団体の企画で、政府担当者に渡すため、長女に作文で被災体験を振り返ってもらいました。長女は今年1月から福島市の小学校の吹奏楽クラブでフルートを始めたばかりでした。7月のコンクールに出られなかったことへの悔しさが用紙いっぱいに書かれていました。理不尽なことを強いられながら、それでも納得しようとしてきた子供の思いが表れていました。

 国や東電の補償もなく、経済的、精神的に苦しい自主避難者についてもっと知ってほしいです。自主避難者は住まいだけは与えられても、その後は自力でやるしかありません。福島を離れると働き口がないからと避難できない人もいます。就職や生活の支援が充実していれば避難を決断できる人も多いと思います。

 震災から半年が経ち、私たちが今回の災害と原発事故を伝える事も大事な役割だと思っています。近くに原発のある京都の人にとっても他人事ではないことを知ってほしいです。【構成・成田有佳】
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by fukushimakyoto | 2011-09-12 00:37 | 避難者の声 | Trackback | Comments(0)

だれがなんのために つくったんですか?

福島県郡山市から東京都多摩市に避難されてている ペンネーム 星ひかりさんからメッセージが寄せられました。
ご了解を得て、blogにアップさせていただきます。
++++++++
だれが なんのために つくったんですか?

8月16日、東京へ避難している私のもとへ一通のメールが届いた。「明日は福島の子どもたちが国に直訴に行きます。一緒に参加しませんか?」 残念ながら当日は仕事で行かれなかったが、TVのニュースで10歳の娘がその中継の一部を見ていた。原子力災害対策本部と文科省の担当者をまえに、子どもたちのストレートな意見が飛ぶ。 「私は普通の子どもを産めますか?何歳まで生きられますか?」「菅総理大臣へ 原発全部止めてほしいです。」 その子どもたちの視線を避けるかのように、大人たちは下をうつむいたまま。そして回答は「最大限努力したいです。」 すかさず後ろから「なんで大人なのに質問にちゃんと答えてくれないの?ちゃんと質問聞いてるの?」 子どもたちは真っ向から大人にぶつかる。そのやりとりはかなり激しかったと娘は言った。18日の朝日新聞にもその記事が載った。

その後、彼女は作文を書いた。
「(原発は)だれが、なんのために 作ったんですか? なんでほかの人たちを巻き込んで被ばくとかあわなきゃならないの? あなたも被ばくしてみたらどうですか? そしたら福島の人たちの気持ちがわかるはずです。福島の人たちは何もしていないのに被ばくして、その被ばくは未来にどういう影響を与えるのか、将来どうなっちゃうのか?とか、不安をもってそれを乗り越えている。 今子どもたちが将来に向かって精一杯できることをしているのに、大人たちは自分たちのことだけ考えて何もしない。あるいは考えている人もいればいない人もいる。」 

実はちょうどこの2日前に、大好きだった福島のお友達が我が家をたずねてきてくれて、娘は一緒にプールに行ったり、映画をみたりして楽しい時をすごした。なのになんでまた別れなきゃならないの? と切なかったし、郡山へ帰る友達の苦しさも感じていたのだろう。 私はこの言葉にとても胸が苦しくなったが、ひとりの大人として、この問いかけに、きちんと応えていく社会をつくりたいと思う。

2011・8・31
星 ひかり
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by fukushimakyoto | 2011-08-31 00:00 | 避難者の声 | Trackback | Comments(0)

京都新聞の報道から

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by fukushimakyoto | 2011-05-18 00:00 | 避難者の声 | Trackback | Comments(0)