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【報告】9・25「避難する権利と賠償を求める集い」

 「うつくしま☆ふくしまin京都ー避難者と支援者のネットワーク」は9月25日、京都市伏見区で「避難する権利と賠償を求める集い」を開催した。子ども福島から阿部宣幸さん、東京災害支援ネット代表の森川清弁護士から講演を受け、今後の取り組み方針について話し合った。集いには、北は綾部市、南は木津川市から駆けつけた避難者21名を含む80名の参加が参加した。

 阿部さんと森川さんの講演、意見交換については、ustreamで中継され、現在も録画で見ることができるので、詳しくはそちらを参照してほしい。
 http://www.ustream.tv/recorded/17492598
 http://www.ustream.tv/recorded/17495157

 ここでは、森川弁護士の講演の骨子と、避難の拡大と完全賠償に向けた今後の取り組みについて報告する。

 森川弁護士は講演の中で、「避難する権利」に関して、「国際人権委員会の「国内強制移動に関する指導原則」では、国内避難民には「自然もしくは人為的災害の影響の結果として、またはこれらの影響を避けるため、自らの住居もしくは常居所地からのがれもしくは離れることを強いられまたは余儀なくされたもの」が含まれる」ことを指摘した。

 「避難指示区域等以外からの避難(区域外避難者)は「自主避難」と呼ばれるがそうではない。避難を余儀なくされたのであり、賠償が認められなければならない」と強調する。そして、「避難するためには、『避難するか否か』を判断できる情報の開示と避難するための具体的な支援があってはじめて決断が可能である」と指摘した。

 賠償請求については、原子力損害賠償紛争審査会中間指針は区域外避難者の賠償については盛り込まれず、9月21日の審査会でも「事故後1ヶ月程度の間に避難した人にのみ賠償を認める」とする姿勢を厳しく批判した。

 森川弁護士は、賠償請求の方法として「東電への直接請求は賠償額が値切られるため好ましくなく、原子力損害賠償紛争解決センター(原発ADR)を積極的に利用し、賠償水準を引き上げていくことが必要」であるとした。
 
 また、「原発ADRは福島県と東京都にしか設置されていないが、各地に設置させるていくことが重要である」と強調した。そして、「区域外避難者の場合は、最終的には訴訟による解決が必要となってくる」とし、避難者は「まずは記録をつけること、これだけ大変な思いをしているということを記録しておくことが重要だ」と付け加えた。

 森川弁護士は最後に、「原発事故は単なる災害ではなく、避難する権利を保障しなければならない。東電や国は原状回復を行い、完全賠償と謝罪をしなければならない」と強調し、東電や国にとって安上がりな解決は許さないと締めくくった。

 報告の最後に、今後の取り組みについて触れておく。

1 福島などからの避難をさらに広げるために、京都から受入情報を発信していく。

2 各地域で交流(懇談)会を開き、生活、雇用、住宅などの避難者要求をまとめ国や京 都府・市、避難先自治体へ要請していく。

3 賠償請求の取り組みとして、
 (1)区域外避難者への賠償を指針に盛り込ませる
 (2)賠償請求相談会の開催
 (3)区域内避難者の賠償請求を突破口に区域外避難者へつなげる
 (4)原発ADRの積極的活用と京都(関西)への設置に取り組む。

4 放射能被害を拡大させない取り組みとして、あらたに「市民放射能測定所」の設立を大きく呼びかける。
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by fukushimakyoto | 2011-09-26 02:29 | 主催イベント案内&報告 | Trackback | Comments(0)

9/25「避難する権利と賠償を求める集い」のまとめ

9/25「避難する権利と賠償を求める集い」のまとめ
1 参加者 避難者22名、スタッフ・一般50名

2 総括
・阿部さんの報告や避難者の発言を通じて、放射能汚染の厳しい実態と国、県などの取り組みがまったくあてにならないものであることが明らかになり、避難をさらに拡大していかなければならないことが確認できた。
・森川弁護士の講演と質疑を通じて、「避難する権利」の根拠(国際人権委員会の「国内強制移動に関する指導原則」、憲法13条の幸福追求権、22条1項居住移転の自由に根拠がありそれを実現するための25条生存権保障の規定)を明確にできた。
・また、賠償請求の方法として、原子力損害賠償紛争解決センターの活用が重要であり、訴訟による解決も考えておかなければならない事が理解できた。賠償の現状の問題点(東電の賠償基準、中間指針の問題)が明らかにされ、実現すべきは原状回復、謝罪、完全賠償であることを確認することができた。

3 避難者の感想
*子ども福島 阿部さんのお話
・福島県は住民の命や財産を軽視しているに他ならない。子どものいない町は死の町そのもの。
・これからも継続的にその後の福島についてのご報告をしてもらえたらと思っています。懸念したような事に福島になっており、やっぱりかとがっくりです。が、負けられないとも思います。
・同郷の情報がとても身にしみました。どんな専門家の方からの話よりもわかりやすく聞きやすかったです。子ども福島の活動には心より感謝しています。
・とても具体的でわかりやすく知らないこともあったので勉強になりました。また、阿部さんのお話をもっともっと多くの人に知って欲しいと思いました。
・花火大会の話しは同じ福島県の人間としてびっくりしました。それは放射線の高い状況でもおこなわれるのかとがっかりです。私は郡山の人間ですが同じように花火大会やうねめ祭りなどが行われたのだと思います。それは行政などにも腹が立ちます、祭りを楽しみに来場した中学生や小学生、小さな子どもたちのことを考えると悲しくなります。わかってはいましたが、除染はかなり難しいということがわかって先が見えない現状に悲しくなります。
・私も福島の人間です。6月と8月に南相馬に帰郷しました。阿部さん・・・・のお話は全く人ごとではありません。地元の異様な普通さに私は違和感をつのらせ、多々理由はありますが福島に戻って暮らそうとは思えなくなりました。友人、知人、残る人間、福島から出た人間、連絡をよくしますが内心は皆不安なんです。努めて普通にしてくらしているんですね。私自身も今後の生活は具体的にはさっぱりです。
・大いに共感するお話でした。避難者の、被災者の思いも一つではないのですが、真実を知り、また同じ考えの方がいることを嬉しく思いました。

*森川さんのお話
・国や県がいかにあてにならないか再確認しました。東電への早急な請求はやめときます。ゴミ箱には入れませんけど(笑) <南相馬市からの避難者>
・専門的な話の中でもわかりやすいお話で助かりました。今後も力になっていただけると心強いです。
・わかりやすく勉強になりました。支援センターの設立を強く願います。
・同じ状況の中で避難して来ている方の話しがきけて良かったです。避難してきて私も苦しい状況が続いたので、自分たちだけでないんだと思えました。避難する権利と賠償請求についてのお話は納得共感できました。
・まだまだ先はみえないんだと理解しました。不確定な事が多すぎですね。
・「広域避難」に対するお話が聞きたくて今回参加しました。世論を作るために紛争解決センターを作る。避難が大変であることを審査会に提出する。そのために記録が必要であることを学びました。東電に謝罪させる。賠償させる事が目標であることを確認しました。大変ためになりました。

*国や自治体、東電への要望・要求など
・国と東電には賠償請求することは当然のことですので、たくさんの人が繋がり実現させたいですね。京都市には、給食の安全性を第1に考えていただきたいことから、食材の測定値の公表を行って欲しいです。
・指定区域外(郡山)ということで何の保障もないため大変困っています。80代の両親の医療費免除も区域外で該当しないといわれます。郡山市の自宅は一部損壊で半壊以下なので国や自治体からは一切支援金、見舞金はありません。但し現実には線量が高くもどって住める環境ではなく、高齢で望郷の念の強い親たちだけを帰還させる勇気はありません。…省略… 3/18日京都に辿り着くまでにまた、その後の生活に多大な出費がありました。原発事故さえなければ避難はしなくてよかったので、国、自治体、東電には区域外避難者への生活支援、経済支援を切望いたします。

4 うつくしま☆ふくしまin京都の今後の取り組み方針(9/25集いで確認した方針)
(1)地域交流(懇談)会の開催から地域会(グループ)づくり
(2)提供住宅の延長など避難生活の安定と生活保障の取り組み
(3)賠償請求の取り組み
・賠償請求についての相談会の開催
・避難区域の賠償請求から進めていく。原子力損害賠償紛争解決センターを積極的に活用する。京都(関西)にセンターを設置させる。
・原子力損害賠償紛争審査会の指針に、区域外避難者への賠償を正しく盛り込ませる。
(4)放射能被害を拡大させない取り組み
・行政に食品の放射能測定と公表を求めていく。 
・放射能に汚染されたがれきの受入しないように求めていく。
・京都、関西の各団体、市民の共同事業として「市民放射能測定所」を設立するための話し合いを始めていく。
(5)原発をなくす取り組みに参加する
(6)12・4年越しまつり(仮称)の開催について
・京都での避難生活の苦労をねぎらい元気で新年を迎えるための集いとして開催する。
 同時に、長引く避難の問題を社会的にアピールし、避難者要求の前進をめざすとともに、長期化する避難生活への支援をあらためて集中する取り組みとして具体化する。
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by fukushimakyoto | 2011-09-26 00:00 | 主催イベント案内&報告 | Trackback | Comments(0)

新聞報道から~第2回うつくしま☆ふくしまin京都ーたこ焼きパーティ&交流会

第2回「うつくしま☆ふくしまin京都」が週刊MDSで報道されていましたので、BLOGに転載します。
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課題に立ち向かうネットワークに
京都で第2回避難者の集い

週刊MDS 2011年08月05日発行 1193号

http://www.mdsweb.jp/doc/1193/1193_07a.html
 
 京都府内に在住する原発避難者と支援者でつくるネットワーク「うつくしま☆ふくしまin京都」が7月23日、第2回の集いを開催した。

 「たこ焼きパーティ」を企画の柱にした集いには、多くの小学生が参加して大にぎわい。子どもたちが慣れない手つきでたこ焼きをひっくり返すたびに、歓声が上がり拍手が起こった。

参加家族は倍増

 6月の第1回の集いでは7家族の参加だった避難者は倍増した。子どもたちを含めると避難者は支援者を大きく上回った。福島県出身が多数だが、茨城県や栃木県からの原発避難者が多いのもこの会の特徴だ。

 たこ焼きに続く交流会で、直面する課題に立ち向かっていく姿勢が打ち出された。「避難という選択が間違っていなかった」ことをお互いに確認した前回から大きく発展した内容だ。

 共通の話題の一つは放射能汚染肉牛の流通問題に絡む食材をめぐって。

 「せっかく放射能から避難してきたのに、食材汚染が追っかけてきた。給食が心配だ」「京都市は産地を発表しているが、牛乳はブレンドしているので不安だ」「私立幼稚園の給食は民間業者だ。どうしたらいいのか」「給食の産地を聞いたら茨城産だった。小学校も保育園も弁当に変えた」「暫定基準値がそもそもダメ。子どもを守りきれないから、給食を食べさせないようにした。医者に意見書を書いてもらって手作りの弁当にした」

 ネットワークは各自治体に対し、公共施設などでの放射能測定と給食食材や水道水の測定・公表を求めていく。

「自主」避難の権利を

 話題の二つ目は「自主」避難者の権利の問題だ。

 「住民票を京都に移すかどうか」の悩みが多く出た。「住民票を移さないと助成金が戻ってこないと聞いた」「市営住宅にも申し込めない」「大学の図書館で、運転免許証の住所と違うからと断られた」

 支援者からは「行政も最初の『罹災証明さえあれば』という姿勢からだんだん厳しくなってきた」「声を上げ、変えていくしかない。現行の制度に合わせるのではなく、『自主』避難者としての権利を要求すること」などが助言された。

 ネットワークは9月の集いのテーマを「自主」避難の権利と補償問題にする予定だ。

 2回の集いを経て、避難者自身でつくるネットワークが確立されてきた。京都府内では京都市山科区、伏見区、宇治市に比較的多くの避難者が在住する。伏見区では地域単位の連絡網が整備され、茶話会の開催も決まった。
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by fukushimakyoto | 2011-08-05 00:00 | 主催イベント案内&報告 | Trackback | Comments(0)

第2回たこ焼きパーティ&交流会プログラム&今後の取り組み

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by fukushimakyoto | 2011-07-23 13:31 | 主催イベント案内&報告 | Trackback | Comments(0)

第2回うつくしま☆ふくしまin京都のチラシ

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by fukushimakyoto | 2011-07-23 13:30 | 主催イベント案内&報告 | Trackback | Comments(0)

新聞報道~うつくしま☆ふくしまin京都

原発避難者の集い 京都 
苦しみを抱え込まず、避難者同士で確認
「避難という選択は正しかった」

週刊MDS 2011年07月08日発行 1189号

http://www.mdsweb.jp/doc/1189/1189_06a.html
 
 6月25日、京都で暮らす原発避難者をつなぐ集いが開かれた。今後のネットワークづくりへの弾みとなる感動的な集いとなった。なによりの成果は、避難者同士が「逃げてきた」という罪悪感や家族を残してきたことへの負い目を払拭し、避難という選択肢が正しかったことを確認し合ったことだ。

 「うつくしま☆ふくしまin京都」をタイトルにした避難者の集いは、「京都の原発避難者が集まれる場をつくろう」と企画され、「被災者本人にしか分からない痛みを、一人で抱え込まずに、共有しませんか」と呼びかけられた。

 手探りでつながり求めて

 会場ほぼ満杯となる約60人が集まった。多種多様な支援者、サポーターが参加した。生活保護ケースワーカー、保健師、精神保健相談士、保育士、医者。コピーライターから「車が必要ならいつでも連絡を」と申し出る人まで。

 避難者を囲む茶話会のグループ交流の冒頭は、「サポーターの方が多い。避難者がもっといると思ったのに」という話題になった。主催者の一人、奥森祥陽さんは「行政は避難者の資料を持っているが、個人情報保護を口実に教えてくれない。取り組みは手探りとならざるを得なかった」と報告。集いの案内チラシは避難者が住むと思われる府営住宅などにポスティング。直前になって福島ナンバーの車に注目すればよいことを発見。駐車場を回って福島ナンバーの車のワイパーにチラシを挟み込んだ。

 交流では、避難者が自らの抱える不安や苦しみを包み隠さず語った。

 「80歳の親は『この年で知らない土地に行くよりも』と近くの避難所を選んだ。一人で自炊していると思うと苦しいだけ。早く帰った方がいいのかなとも思う。京都弁を聞くだけで孤立する。つらい。それに言う機会もなかった。私たちは忘れられるのが一番こわいんです」

 「戻りたいと思うけど、向こう(福島)は何も変わっていない。政府の情報に屈したくない。何も知らないで抱え込んでいる人が多いと思う」

 ネットワークのスタート

 共通するのは、放射能汚染からの避難だ。

 茨城県から子ども5人と避難してきた夫婦は「6人目を妊娠中だった。放射能が怖くて、仕事もやめて、京都に来た。やっと住む所を確保した。でも行政は私たちを被災者扱いしてくれない。茨城県だからだ」と行政の対応を批判する。

 前夜車のワイパーのチラシを見て参加した福島市の女性は「福島市ではなかなか逃げ出せない。あの山下俊一(県健康アドバイザー)がデタラメを言いまくって、逃げることが悪いという雰囲気をつくっている」と紹介した。

 郡山市の20代の女性は、親を残して自分ひとりだけで避難してきたことにずっと戸惑いを抱え込んでいた。集いにはその母親も参加し、「この子は親のことを気にしているが、そんなことないのに」と説得。南相馬市から家族で避難した女性からも「南相馬では『あの人、逃げた』と言われる。男性の抵抗も大きい。でもあなたの選択は正しかったの。命をつなぐ女性として避難という道は絶対に正しい」。20代の女性は感激の涙をぬぐうことはなかった。

 交流会は避難者同士が久しぶりの福島の言葉で語り合う場に。サポーターはやりとりをじっと聞き入った。

 参加した原発避難者は7家族、11人だった。集いの最後に、お互いがメールアドレスや連絡方法を教えあった。不安を抱えての参加だったが、別れ際はさわやかな笑顔で手を振り「じゃー、またね」。

 奥森さんは「2人で始めてやっとここまできた。ネットワークのスタートです」。次回は7月23日午後、関西名物のたこ焼きパーティの予定だ。
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by fukushimakyoto | 2011-07-08 00:00 | 主催イベント案内&報告 | Trackback | Comments(0)

【報告】うつくしま☆ふくしまin京都

奥森@事務局です。
6月25日に開催した「第1回うつくしま☆ふくしまin京都ー避難者の集い」の報告です。
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 6月25日、京都で原発避難者のネットワーク「うつくしま☆ふくしまin京都」がスタートした。このネットワークは、福島から避難してきている20代のKさん(男性)、Iさん(女性)と京都のサポーターが3回の相談会を開き準備してきたものだ。

 当日参加した避難者は7家族11人。
 交流の中では、「周りの人が話す京都弁を聞くだけで孤立する。これまでつらさを話す機会がなかった。忘れられるのが一番怖い」「戻りたいと思うけど福島は何も変わっていない。政府の情報に屈したくない」「茨城から放射能が怖くて避難してきた。京都で何とか住む家を確保したが、仕事は見つからない。行政は私たちを避難者として扱ってくれない」など、それぞれが抱える不安や苦しみを出し合った。

 放射能汚染からの避難について、南相馬から家族で避難してきた女性は、「南相馬では逃げ出したと言われる。男性の抵抗も大きく避難したくてもできない人が多い」と話した。さらに、両親を残して自分一人で避難してきた20代の女性に対して、「命をつなぐ女性として避難を選択したことは絶対に正しい」と話しかけた。

 この集いの一番大きな成果はこの点にあるといえる。避難者どおしが放射能汚染からの避難は正しい選択であったということを確認しあったことはきわめて重要である。

 次回の「うつくしま☆ふくしまin京都」は7月23日に開催する。子どもたちも楽しめる企画としてたこ焼きパーティも行う。

 さらに多くの避難者に参加してほしいと考えています。集いでは放射能問題の学習や行政への要求、要望などについても話し合いたい。
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by fukushimakyoto | 2011-06-26 02:22 | 主催イベント案内&報告 | Trackback | Comments(0)

第1回交流会が新聞で報道されました

第1回交流会が新聞で報道されました!
Blogに転載させていただきます。

福島避難者 交流の会
府職員同席 不安や要望語る

読売新聞 2011.6.26

 東日本大震災で、福島県から府内に避難してきた被災者を支援する会「うつくしま☆ふくしまin京都」が25日、下京区のひと・まち交流館京都で開かれ、府職員やボランティアらが避難者の不安や要望を聞くなどして交流を深めた。

 福島県からの避難者5世帯9人が参加。府職員の奥森祥陽さん(52)が4月上旬に、同県会津若松市の避難所の支援に行った際に、帰りのバスの中で避難者と知り合ったことがきっかけで「京都で福島県民が集まれる場を作ろう」と企画した。

 同会で、奥森さんは「福島は原発問題があるのでほかの被災地と違う。同じ立場の避難者が集まって少しでも安心して生活できるネットワーク作りができれば」とあいさつ。サポーターの保健師や府職員ら20人が夏バテ防止策や府の緊急雇用対策などについて説明した。

 その後、テーブルを囲んで避難者が現状について話し合い、「残してきた家族が心配」「日がたつにつれて戻りたいという気持ちが大きくなった」など不安な気持ちを打ち明けた。またサポーターへの要望として「聞かれると全て答えてしまうのが東北人。気持ちをくみ取りながら接してもらえれば」「福島県の職員にも来てもらってサポートしてほしい」などと話した。

 避難者で伏見区の府営住宅に住む小松太さん(26)は「同じような悩みを言い合えてすっきりした。今後も継続して集まりたい」とほっとした顔を見せた。7月23日にも会を開く予定。

 問い合わせは、同会事務局(090・8232・1664)まで。

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京都へ避難した福島県民で交流・つどい
京都民報 2011.6.25

 東日本大震災で被災し、京都府内に避難している福島県民らが交流する機会をつくろうと「うつくしま ふくしまin京都」(実行委員会主催)が25日、京都市下京区のひと・まち交流館で開かれ、約60人が参加しました。

 このつどいは、京都府・市の職員有志らが中心になって開いたもので、避難している福島県人同士がつながり・交流したいと要望したことを受けて開かれたもの。行政の支援策や生活保護、国民健康保険の減免制度などの説明をはじめ、健康、精神面での相談、京都の暑さへの対処法の紹介などが行われました。

 福島県を中心に、茨城県など他県の避難者も参加、子ども連れが目立ちました。見知らぬ土地での生活や不安などについて実情を訴えました。
 福島県浪江町から来た男性(53)は、「まわりに福島県の人がおらず、困ったことがあっても相談することができない。放射能に脅かされ、ふるさとに戻れない不安な気持ちは福島の人たちでしかわからない」と述べました。

 福島市から2歳の子どもを連れて来た女性は、「夫は仕事があるので福島に残り、子どもと両親とともに京都に避難してきました。先が見えない不安でいっぱい。福島県民同士で相談できるような機会がもっとほしい」と訴えました。
 つどいの主催者らは引き続き交流・支援を行っていく予定です。
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by fukushimakyoto | 2011-06-26 00:00 | 主催イベント案内&報告 | Trackback | Comments(0)

第1回交流会のプログラム

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by fukushimakyoto | 2011-06-25 13:31 | 主催イベント案内&報告 | Trackback | Comments(0)

第1回うつくしま☆ふくしまin京都のチラシ

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by fukushimakyoto | 2011-06-25 13:30 | 主催イベント案内&報告 | Trackback | Comments(0)