NEW POST

福島市渡利からの岩手に避難したHさんの手記

避難元:福島市渡利
避難先:岩手県北上市
H・N

父、母(専業主婦)、子(4歳)の三人家族です。

渡利地区は市内でも線量高く、テレビなどでもよく取り上げられているところです。
NHKの原発事故関連のテレビで線量が高いと出ていた映像に、私たち家族が住む建物も映っていました。

高いとは聞いていたが、やっぱりか…と不安になりました。
滅多に鼻血を出さない息子が、数回出血することもありました。
除染活動もして頂きましたが、思うように線量も下がりませんでした。
窓は閉め切り、風を感じながらの暮らしが出来なくなりました。
お日さまの匂いの布団で寝れなくなりました。

外で思い切り深呼吸が出来なくなりました。
健全な生活とは、とても言えない暮らしを強いられました。
やはり、人が(特に子ども)が住める町ではないと考え、避難を考えました。

しかし、避難は母子のみ、父は福島市にひとり残り仕事を続けています。
仕事がなかなか離れられないこと、今の状況で転勤は難しく、引っ越すとなれば仕事を辞めなければならないこと。
引っ越した先で今と同じ水準の仕事につけるか不安があることが理由です。
政府が避難区域に指定して支援してくれれば、仕事もきっぱりやめ、三人で避難が出来るのに…と思っています。

しかし、今のままの状況で二重生活を続けるには、やはり仕事を辞めるわけにはいきません。
今回のことで、子どもの幼稚園のお友達は皆避難し、別れ別れになりました。

避難先では幼稚園に通えていません。
子どもはお友達と遊びたいと言っています。
子ども達が生き生き過ごす場所、機会を原発事故により奪われました。
家族三人の当たり前の普通の暮らしを、原発事故により奪われました。
私が望むのは、東電の役員の方や政治家の方々のような贅沢な暮らしではありません。
ただ三人一緒に、不安のない人並みな暮らしをしたいだけです。

避難先では、期限付で住宅を無料提供していただきましたが、津波被害の方とはちがい、家電品は自費で用意しなければなりませんでした。
自主避難というだけで、なんとなく肩身の狭い気持ちがします。
福島の子どもの甲状腺に異常が見られたというニュースには、ぞっとしました。
そのような不安を抱えながら、時に色んなことに気を遣い(食べ物や飲み物、マスク着用など)、時に神経質なんだろうかと迷い、いっそのこと色んな迷いを捨て何も気にせず暮らそうかと思ったりします。

しかし、子どもの将来を考えると、諦めてはいけないと思いとどまります。
また、避難先のとなりの市にはホットスポットがあり、不安を抱えている保護者の方とも出会いました。

多くの方が自費で線量計を用意し、心配しています。
しかし、その地域には関心のない人が多く孤立感を持って暮らしていました。
うちと同じく、子ども達の活動の場が奪われた人達もいました。
このような保護者たちの気持ちを、少しでも分かって欲しいです。

放射能の影響は7代先まであるかもしれないと話す人もいます。
私はこの先、子どもを授かっていいのかも迷っています。
ほんとは息子にも兄弟を持たせてやりたい―
でも、どこかでそれを躊躇し
ている自分がいます。

今回のこの事故の被害に対して、誰かを責めるだけでは解決しないと思い始めてます。

今の状況受け入れ、自分たちも動き解決していく…
そのような覚悟をしています。
東電や政治家の方にも同じく覚悟を決めていただきたい。
私欲を捨てて、国民を守る、と。
丸いお月様を見て、四歳の息子が「どうか福島がもとに戻りますように」と願っていました。

そして「このお願いは絶対叶うんだよ」と無邪気に言っていました。
小さな子にこんなことを言わせてしまった…
このような状況にした私たち大人の責任は重い。
東電や国の方々などにぜひ、責任ある態度をとって欲しいと思います。
[PR]
トラックバックURL : https://utukushima.exblog.jp/tb/13817520
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by fukushimakyoto | 2011-10-16 01:43 | 避難者の声 | Trackback | Comments(0)

福島原発事故、東日本大震災により京都に避難してきている避難者と支援者でつくっている「うつくしま☆ふくしまin京都」のブログです


by fukushimakyoto
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31